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西都保健生活協同組合 
「たぬきのひとりごと」

医者がいないと死ねないか 死難民解消のために3

特別養護老人ホームでの、施設看取り援助。最も成長したのは、苑の介護職員でした。

月に1-3回開催されるハッピーエンドカンファランスでは、「看取り」「終末期」という言葉に左右されないよう、いつも通りのケアの大切さを、確認しました。それでも、当初は、緊張した状態が続き、自然にというより、マニュアルに添う対応になることが、多くありました。

利用者の満足感へ

施設看取りを正式に開始後、一年を経て、介護職員の意識に、大きな変化が見られています。事例で紹介いたしましょう。

Aさん (2011年9月永眠) 94歳 大腸癌。苑で10年生活。自分たちに終末期までお世話できるかどうかの不安が大きくある中での、初めての看取りでした。苑全体でお世話できたことについての、自らに対する満足感と、協力した当院に対する感謝が中心でした。

Bさん (2012年9月永眠) 92歳 老衰。苑10年生活。誤嚥性肺炎での入院後、食事摂取が十分でないまま、治療適応外として苑復帰した方。看取りをという位置づけから410日目の永眠でした。職員は、食形状や福祉用具を工夫し、快適さを演出したり、自分にもこんなケアがして欲しい、皆にこんなケアをしてあげたいというほどに、自信と充実感にあふれていました。病院での死亡を聞き及ぶだけのこれまでと違い、家族とも同じ時間を共有できたことを印象的な出来事とし、生きることの物語を、当事者として大切にしていました。

 

生きるためのお世話を

Bさんや林さん(二〇一二年十二月号紹介)は、終末期にあると判断された方を、医療の中ではなく、ケアにより、嚥下機能や全身状態を安定させることができています。

清雅苑には、終末期を医療の中に置かず受け入れ、ケアの中で援助する積極性があり、それは非常に大きな勇気を持ってのことだったでしょう。一方そこで感じた受け入れ施設側の不安は 状態変化後に受け入れる病棟側の不安に通ずるものです。

診療所や訪問看護/介護で働く私たちが、安易に病院や施設へ依頼することだけで安心せず、自らの医療やケアの時間や内容に十分配慮し、より良い援助ができるようにすることの大切さを、改めて考えさせられました。施設や在宅でこそ充実できることであり、それはまた、看取り期に限ることではありません。

 

物語としての

私が、比較的平和な時代に、自然な死を少なからず目にしてきたためかもしれませんが、必ずしも、死を忌むべきこととは「考えて」いません。また、私は、信仰を持ちませんので尚更に、亡くなった後、遠い西方や天国に行ってしまうわけではなく、漠然とですが、角を曲がる、門をくぐるだけと「感じて」います。

だって私は、毎日、女房と一緒に、亡くなった娘と遊んでいますし、お話もしています。亡くなった利用者さんたちも、角や門の向こうから、時々姿を見せたり、声を聞かせてくれ、同僚たちとも一緒に、わいわいと楽しい時間を過ごしてもいます。私たちが医療者としてではなく、ひととして一緒に物語を紡いだから、亡くなった後にも、その物語を続けられるのだろうと、考えます。

では、病院病棟に、生活の視点を持ち込んで、どう物語を作れるのか。次の課題が見えてきます。(北多摩クリニック 保坂幸男)

きずな 2013年2月号