医療・介護のご案内

イベント

-

QRコード

QR code

西都保健生活協同組合 
「たぬきのひとりごと」

医者がいないと死ねないか 死難民解消のために 2

多死社会に生きる私たちが医療との関わりについて考える

―死難民にならないために―

 

北多摩クリニックで援助している特別養護老人ホーム清雅苑での、施設看取り。

自然な最期をという、施設看取り自体は、さして珍しくはないものです。でも、ここではさらに、「生や死を医療から解放し、生活の中で最期まで生きることを大切にする」という積極的な意味を持っているのが特徴です。

 今回は、苑職員の意識を中心にしての、始めるまでの経緯です。皆さんが、それぞれの立場になって一緒に考えてみましょう。

 

 

なぜ特養での看取りか

救急病院、療養型病院、在宅医療の経験で感じていた、医療の中にある不自由な生や死を、私の中で大きくクローズアップさせたのは、『医療生協の患者の権利章典』に対する違和感でした。生や死は、自由で自然であるはずです。でも、生協組合員二百数十万人が、この権利章典に拠り、医療の中にあると考えるだけで、総毛立つ思いでした。今振り返ると、さほどに大げさなものではないですが、自分自身と対峙できない私たち日本人ですから、当たらずと云えども遠からずでしょう。

医療者が少ない場で、死を目の前に、いのちを問うことで、より多くの方に考える機会を作れないかと考えました。お家も勿論ですが、高齢な方の生活の場で、必要最小限の医療行為しかできない施設である、特別養護老人ホームも、適切なフィールドです。そこで、当院から地理的に近く、病院を併設していない清雅苑で施設看取りの援助をしようと、2000年10月、個人的に勝手に決めました。

10年をかけ準備

在宅看取りを重ねながら、6か所の施設で10名の方の看取りの援助もしました。その経験から、介護職>看護職》家族の順に施設看取りへの抵抗感があることが、わかりました。

家族…在宅看取りをした家族へのアンケートでは、終末期には、常識的な医療より、生きる物語を大切にしていることがわかりました。施設利用者の家族に、様々な場面で聞き取りをしたところ、入所までの様々な葛藤と比較して、安定した施設での生活に安心感を持ち、ほとんどの方が、施設での最期を希望していました。

看護…介護職への配慮もあり、苑はあくまで生活の場で、死ぬる場所は病院であると考えていました。そこで、当院利用者のショートスティ中の状態変化時の往診対応をするなどし、顔を合わせる機会を増やし、繰り返して問いかけました。元々多くの死に接する経験があることで、自然な最期についての理解はできていて、徐々に肯定的な答えが聞かれるようになっていきました。

介護士…死は怖いものとして認識され、「何かあったら誰が責任をとるのか」という言葉に、まだ歴史が浅く、弱い立場の職種であることが表現されていて、抵抗感が大きくありました。

管理者…法人内の他施設が、施設看取りをしていることで、清雅苑でも検討を始め、私の勝手な決定から丁度10年目の2010年9月、顔の見える関係になっていた当院に援助依頼がありました。苑・当院管理者間で、毎月話合いを重ね、前線に立つ介護職員を対象に学習会を重ねました。

しかし、前線に立つ介護職員の不安や悩みは尽きず、ためらいは消えませんでした。画家の山下清さんが、大将になりたいと云った意味がここにあるのでしょう。次回は、施設看取り開始後の職員の変化についてです。(北多摩クリニック 保坂幸男)