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西都保健生活協同組合 
「たぬきのひとりごと」

医者がいないと死ねないか 死難民解消のために 1

多死社会に生きる私たちが医療との関わりについて考える

―死難民にならないために―

 

皆さんは、風邪をひいたら風邪薬をのむこと、医者がいなければ死ねないと考えることを、当然のこととして受け入れてはいないでしょうか。皆さんの中には、勿論、医療者自身も入ります。それは、「ひと」を、医療の中でとらえ、医療に依存し生きる、死ぬ。自立していない不自由な状態にあると感じられます。

生を、死を、医療から解放し、自立した自由な生を生きられるように、自立した自由な死を迎えられるように援助をすることも、医療生協の役割りの一つです。

北多摩クリニックで始めている、特別養護老人ホーム(特養)との連携を参考に、「かかりつけ」医療機関を、上手に利用し、死難民にならないために、一緒に考えてみましょう。

 

 

死難民…北クリの造語。死に場所や 医療者・介護者を求めてさまよい 安心して人生の最期を迎えられない方。

 

医者がいないと死ねないか

 

北多摩クリニックでは、医療に依存せず、最期まで健康に生きぬくことを大切にし、医療者が存在しないのが自然であるお家や、医療者が少ない施設での看取りも、当たり前にしていくことを目指しています。

昼夜休日を問わず頻繁に往診する、当院の在宅医療を仄聞する方は、医者を要しない看取りをと自ら云う私に、違和感を覚えるかもしれません。

でも、実際のお家での看取りの中心には、家族や介護士、看護師がいて、医者は、物語の登場人物の一人としているにすぎないことが多いのです。家族、介護士、看護師が、いのち大切に生きる、そのいのちを一緒に紡ぐ意識を持つことで、お家でも、施設でも、安心して最期を迎えられるようになるでしょう。

その思いを持ちながらの10年以上の準備期間を経て、2011年6月から、特別養護老人ホーム清雅苑での施設看取りの援助をしています。(経緯は次回)

 

生協が傍らにいて

 

2012年9月30日23時34分 林友子さん 100歳で永眠。お母さんの笑顔を大切に、見ていて微笑ましいほどに優しく介護してきた息子の伸光さんが、呼吸停止を確認。清雅苑に入所して丁度6カ月目のことでした。(林伸光さんには 掲載について 快く ご了解いただきました)

10年以上まえから、当院と北多摩訪問看護ステーションが体調面を、虹・清瀬のヘルパーが、生活とお身体の援助。ディケアや生協の行事にも参加し、誰からも愛される方でした。

震災や人災で日本中が大きな騒ぎをしている頃、伸光さんと二人の生活にも、大きな揺れが訪れます。年明けから徐々に食事が摂れなくなり、不安定ではありましたが、最期まで住み慣れたお家で生活することが、望みでした。ただそれも、伸光さんが発病し、治療のために入院となるまでのことで、結局は、諦めざるを得なくなりました。

友子さんは、入院入所後には、短期間に亡くなる可能性がありましたので、この時点でお別れとなることに、残念な思いでした。

 

物語をつむいで

 

幸いなことに、連携を始めた清雅苑で、受け入れてくれました。しばらくは元気なく、不安げな様子でしたが、集中的なケアで、徐々に食べる量も増え、顔色もよくなっていきました。さらには、伸光さんや、長年ヘルパーとしておつき合いしている徳武さんも、頻繁に訪問し、苑の職員とも一緒に物語を紡ぐことで、またあの友子さんの笑顔が見られるようにもなりました。

でも、また徐々に食が細くなり、2日前からは食事が、前日には水分を飲み込めなくなり、呼吸の様子が変化した夕方からは、伸光さんも傍にいて、大好きな訪問看護の宮本さんの声を聞き、職員皆に握手してもらっての最期でした。

苑の職員の方たちの、落ち着いた優しさは、友子さんにとっても、伸光さんにとっても、頼もしく心強く、医者の私などお呼びでなかったのは、云うまでもないことです。

 

 

7月7日七夕には、「幸せなので願いごとはありません」と、お話されたと聞きました。最期の瞬間云々よりも、友子さんの、生きた物語をしっかり受け止める、「看取り」ができたと私たちもまた幸せを感じています。(つづく)

 

 

きずな 2012年12月号

 

 

(北多摩クリニック 保坂 幸男)