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西都保健生活協同組合 
「たぬきのひとりごと」

かかりつけ医によるがんや老衰になる前からのターミナルケアを その1

かかりつけ医によるがんや老衰になる前からのターミナルケアを

死難民解消のために    その1

(全日本民医連 在宅医療交流集会 シンポジウム 指定報告)

表題の 癌や老衰になる前からターミナルケアを 違和感を感じると思います

でも 北多摩クリニックでは すべての道は ターミナルケアに通ずと考えておりまして その道は生きる道 ということになるのですけれども 死難民解消のための かかりつけ医としての仕事について その一部ではありますが お話しします。

 

終末期ケアにおいて 十分に症状緩和できない理由の一つは死難民の存在です。

北多摩クリニックで 訪問診療した悪性疾患の方で 亡くなる1カ月以内に 相談に訪れた12名のうち 9名は 紹介状なしでした。余命1カ月と告知され 2か月分の処方と2カ月先の予約という方もいましたが 死んでから来いということでしょうか。皆さんも 多かれ少なかれ 同じような経験をしているのではないでしょうか。

例えば 癌の場合 治療して治療して いよいよ 治療のすべがなくなって 患者さん 医者 気持ちの切り替えが十分に出来ないまま 家か ホスピスか迷っているうちに 時間だけが過ぎて 死難民になっちゃう。落ち着いて 緩和医療を受けられない。共通言語を 作れていない方の不安を 短期間のうちに 一から十まで解消することは なかなかに難しい。せっかく「ホーム」にいて その有難味が 感じられないのも当然です。自然な最期を迎えるには 安心できる死に場所をみつけることが まず大切だろうと考えます。

 

3年前 法人内の職員にアンケートをとったことがあります。うちの法人は 医科診療所5 歯科診療所1 訪問看護 ヘルパー 居宅がそれぞれ3つづつで 入院ベッドを持たない法人です。

二人に一人が癌になり三人に一人は癌で亡くなるというよくある話のはずですが 癌終末期にできる援助は何がありますか という問いに さすがに 訪問看護の職員は 希望に添った形でとか いろいろと 答えていましたが 一方で 診療所職員は 終末期対応は不安でできない という回答がほとんどでした。

癌になる前に あなたにできる援助はなんでしょう という問いには 無回答或いは具体的な想像ができない という職員が 7割でした。

癌の専門家にとっても 終末期医療は 専門外かもしれません。一方で かかりつけを 謳う診療所でも 癌になる前に どう援助したらいいのか分からない。さらに 癌終末期には 不安で対応が出来ないという。だから 癌を発見した時に 専門家に紹介することで 責任を終了してしまい 経過全体を見渡すことのできる相談先がなくなっちゃう。これが死難民が出来上がる仕組みです。

病棟の職員に こういうアンケートとってみたら どういう回答になるか興味がありますが どなたか一緒にやってみませんか。

 

北多摩クリニックでは 死難民を作らないための かかりつけ医の役割りを こう考えています。

私たちかかりつけの診療所では 日常の診療の中で 様々な機会に様々なお話を聞き お話をしています。

癌になっちゃった場合。病院に紹介する場面で 以前は 紹介状を書いて「あとは 病院の先生とよく相談してね」で終わりにしていたのですが その言葉が 癌難民・死難民を作るのだということがわかりましたので 今は 「迷ったときには相談に来て」と 必ず伝えるようにしていますし 看護婦さんも 時々電話かけをしています。不安や混乱があるときには 私たちが 考えるためのヒントを提示できます。治療中も 迷っていること悩んでいることも含めて 情報交換しながら 併診し 難民化しないように お付き合いできます。再発して 終末期を迎える場面でも かかりつけの私たちが一緒に 生きる場所・死ぬ場所をしっかり定め 在宅での看取りも援助できます。亡くなった後には 家族と一緒に偲ぶこともあるでしょうし その家族とは 私たち医療者も代替わりしながら お付き合いが続くことになるわけです。

 

北多摩クリニックが開院した20032月から 訪問診療利用者の死亡統計です。

この8年半北多摩クリニックで死亡診断書を作成したのは 113 月平均 1.1名で 多くはないのですが 午前外来 午後往診してまた外来といういわゆる開業医スタイルで 50から60名を診ている在宅医療ですから この程度かなと考えています。在宅死率は72.0%。独居11名。施設看取り8名。お付き合いは外来通院も含めて 平均3年以上になります。在宅専門診療所の中には 3日に一人 年に100名以上看取りをして 100%に近い在宅死率のところもあるようですが 私どもは 死ぬ場所としての家の大切さ というよりも 生きるためのホームが家であり いのちの最期もそこで迎えるのが自然かな というスタンスでおります。

 

死亡年齢では 半数以上が85歳以上。75歳以上も含めると 9割に上ります。基礎疾患があり虚弱の状態から 徐々に食事が取れなくなり老衰で亡くなる方が多いのが特徴です。

 

がん 非がんで 比較してみると 通常の在支診では がんの割合が多くなるのでしょうけれど 当院では 8割近くが 非がんです。病名とは関係なく 診療しているので がん・非がんで 在宅・病院死亡の割合は 変わりません。私たちがお付き合いするのは 病気ではなく ひと ということを意識しています。

 

死亡確認時刻では 6~9時が多く 夜中は少ない。これは 家族も寝ていて朝起きたら気がついたということが多くあるからです。

内科医の私と 今年喜寿を迎えた整形の先生とで 診療しています。時々時間外の待機をお願いすることがありますが 360日は 私が対応しています。というと頑張っている保坂先生と聞こえるでしょうけれど 私の時間は 私がコントロールしますので さほど大変ではない。3日前の状態しか知らずに 呼ばれるのを待つからドキドキするわけで 呼ばれる前に 特に 終末期には毎日行けばいいだけ。日曜日で 家族が不安な場合には 6時に行く。9時に行って12時に行って4時に行って7時に行って10時に行って 明日朝 また来ますからね 呼ぶ暇をつくらない。自分の目で見て状態もわかるわけですから 合間に映画も見にいける おそばを食べに行く時間も十分にある。

 

くだものは お口から美味しく食べていただくということで6割の方は 管ものなしで 最期を迎えています。重要なテーマをあっさり流しますが アクセサリーとしてのくだものは 付けずにすむのであれば つけない。「ままけねぐなったら あど おしまい(お口から食べられなくなった時が お別れのとき)」です。

 

話を戻して 終末期の症状緩和のためには 互いに良く知り合う時間が大切です。常識では 緩和ケアが十分にできているはずのホスピスの平均在院日数は2カ月。じっくり腰を落ち着けて相対するには そのぐらいは必要ということでしょうか。では その2カ月に何が必要か。

在宅看取りをした家族に アンケートをしたことがあるんですが 仮に 入院していたらどうだったかという問いに 入院すると 大勢の中の一人になり医療者との関係が希薄になってしまうとか 新しい医療者との関係を築かざるを得ないことがストレス。生活者としての○○さんではなくなってしまうという声が 少なからずありました。一方で 先生と看護婦さんに来てもらうだけで 有り難かったと 点滴もしない行くだけの医者でもそういってもらえてる。ということは 人生の最後に必要とされているのは 常識的な医療というよりも 生きる物語を大切にすることなのかなと感じています。

 

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