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西都保健生活協同組合 
「たぬきのひとりごと」

美笑キャンペーン いのちについて考える かかりつけ医からの提起

美笑キャンペーン

北多摩クリニックでは、医療・死・がん・介護難民解消のために、がんや老衰になる前からのターミナルケア・なまはげキャンペーン・ケアマネから医師への情報提供書などを、発信してきました。近隣病院やがん専門病院とも懇談し、病棟医療に生活の視点を持ち込むための働きかけや、死生学プロジェクトとして、動物の小さないのちから、代諾・家族観・日本人観についての考察もしています。捨て犬猫の里親探しをすることもあり、一体何屋なんだと言われつつ、かかりつけ医の視点で世界平和を目指しています。あっちの水は苦いぞ、こっちの水は甘いぞ、だからこっちにおいで、と云うのではなく、あっちの水もこっちの水も、どこにいっても甘いぞと、日本中の診察室、家庭を豊かなものにし、沢山の笑顔をつくることが、究極の目標にしています。かかりつけ医、北多摩クリニックが、顔の見える歯科医科連携をつくり、生きることを一緒に考える取り組みを、美笑キャンペーンとして、呼びかけます。

 

歯科・口腔ケア難民

特に高齢期において食欲は、社会的な交流と密接に関係しており、私たちの研究では、会話を楽しみながら食事のできる環境にある方や、社会的交流の場でもあるディ利用者の血清アルブミン値が高いことがわかっています(図1 須原,朝重,保坂 日在医会誌巻9号1)。そのため、利用者さんの食欲につながる口腔ケアを、重要なリハビリテーションと位置付けており、当院ディケアの利用者さん全員を対象に、みその歯科の協力を得て、無料歯科検診や口腔機能評価を行いました。そこで明らかになったのは、汚れた口腔のまま、不安定な義歯のまま、歯科受診できていない方の存在でした。比較的恵まれた介護環境にあるはずの方たちの口の中が、この状態であることを考えると、格差や経済的な問題とは別の理由でも、歯科・口腔ケア難民が多くいることが想像されました。

なぜ受診できないのかを理解した上で、多角的な介入ができるよう、その理由を?利用者側要因、?歯科側要因、?医科側要因に分けて考えてみました。?利用者側要因として、痛みなどの自覚症状がなく、とりあえず噛めているため困っていない。症状はあっても、介助が必要なため歯科受診できない。口の中は排泄以上に介入を好まない秘密の花園であり、見せたくない。また、歯科=虫歯の治療というイメージがあり、全身或いは生活全般へ影響しているという視点を持ちづらいため、特に高齢者にとっては一番後回しになる。?歯科側要因として、目の前で、開いた口しか観察できない。?医科側要因として、相談しても、医師・看護師の不得意分野でもあるため、興味の対象になりづらく、歯や歯肉は視界にあっても見ていない、があげられます。

 

顔の見える連携作りのために

北多摩クリニックでは、医科側要因を解決し、他要因の解決につなげられるよう、歯科・医科の連携を作るのも、「かかりつけ」の医師/看護師の役割りとし、院内で歯科学習会を開催。都摂食嚥下専門研修、地域歯科医師会の学習会、歯科学運交、口腔ケア学会等に参加し、職員のスキルアップを始めています。ただ尚更に、医科から歯科、歯科から医科の、知識や仕事の内容についての、互いの理解をさらに深め、相手の視点でも考える必要を感じています。

一例として、私自身が、歯科往診同行研修をした時の、歯科用語が理解できず混乱した場面を紹介します。「えんか」「えんじょう」「プラークのいがいせい」「しんましますか」。唐突に、「円歌!円丈!」と落語家の名前を連呼され、手入れしていない口の中にある歯垢を意外だという。目を開け会話している方の心臓マッサージ。歯科からみても同様なのことはないでしょうか。

医科従事者が、口への関心を持ちづらいのは、歯科の授業を、ほとんど受けていないことも一因かもしれません。全国の医薬看介系学部に、アンケートをとることも含め働きかけ、歯科教育を位置づけていくことも、非常に大切でしょう。歯科/口腔についての、適切な授業があり、全身検索の中にルーチンとして歯もあれば、口を開くこと、開かせることを、違和感なく受け入れる層が増えていくでしょう。民医連職員の歯科健診を積極的にし、形式的な見物ではなく、歯科・医科の実質的な「相互」研修をすることで、口も意識できるでしょうし、さらに互いの顔が見え易く、仕事もスムースになるでしょうか。これらを歯ウェーブとして展開することで、民医連百周年の時には、民医連の金字塔の一つとして成るかもしれません。

 

終末期歯科

「口腔ケア」が、ターミナルケアの教科書で、初めて登場した言葉であることを考えると、歯科でも、生と死を考える医療を模索することは、自然なことかもしれません。

先日お別れをした方。レスパイト入院からお家に。訪問すると、おばあちゃん顔になり、お話も聞きとりづらく、いかにも衰弱した印象を持ちました。10日ほどのち夜中に、呼吸停止の連絡があり伺うと、いつもお会いしていたそのままの、優しいお顔に戻っていました。お嫁さんは、「亡くなったら入れてあげようって話をしてたんですよ」とのことで、呼吸が止まった後すぐに義歯を入れたのだそうです。入院中、本人の希望で、歯科診察をうけたものの、固形物は食べることがないので不要との判断で、義歯を外したままでした。そこにある「歯」の意味は、かならずしも食べるためだけにあったのではなく、84歳の人生を全うするために必要だったのでしょう。それを理解し援助できなかったことを、深く反省したものです。

8020運動と同様に、お彼岸20運動として、戦争中にあった「死んでもラッパを口から離しませんでした」を、「死んでも入れ歯を口から離し(外し)ませんでした」と、幸せのキャッチフレーズに変え、終末期歯科という概念を、考えてみたいと思います。

 

美味しく食べ、会話を楽しみ、うっとりとチューをするための口、認知症や麻痺のある方用の義歯、清潔を保つための安価な使い捨ての義歯を想像し、口の中に興味を持ち、歯科・口腔ケア難民を解消することで、日本のQOLを高めていくのも、私たち、「かかりつけ」の役割りです。特に、大震災後の民医連歯科の方々の真摯な姿に接し、死にゆく人ではなく、「生きる」その物語を紡ぐために、私もありたいと、改めて感じています。

 

(民医連医療 2011年6月号)